自己紹介

 

こんにちは!きんぎょです。

 

今、一生懸命就職活動をしている大学3年生の方。

9月になっても内定ゼロで意気消沈し3ている大学4年生の方。

会社を辞めて、次の仕事への転職をする社会人の方。

 

僕は、大学4年生9月現在、内定がゼロです。でも、不思議と笑っていられるんです

いえ、むしろ全く不思議なことではないのかもしれません。なぜなら、僕は就職活動以外の方法を考えているからです。

 

そんな僕は、就職活動を通して、とても恐ろしい言葉を知りました。それは、「どうせムリ」という言葉です。

 

1:「ゼロ」の始まり、3月1日。

僕が就職活動を始めたのは、大学3年生の2月でした。短期インターンに2つ参加する程度で、3月の動き出しまで何もしませんでした。

 

3年生3月といえば「就活解禁」日本の大企業を中心に会社説明会が開かれる月です。

 

3月1日午前0時になると、就活生は一斉に「マイページ」に登録し、登録した企業から選考にかかわる大事な情報を受け取ることが出来ます。50万をゆうに超える就活生が一斉にポチるので、リクナビマイナビのサーバーダウンは恒例行事です。

彼らが血眼になりスマホを見つめる中、僕は何してたかというと・・・ニンテンドーDSでポケモンをしてました。笑

 

きんぎょ

ふん、別に今しなくてもいいじゃないか。そんな早くしたって企業の選考に響くわけじゃないのに。第一、就職活動なんて、ばかばかしい

 

そうたかをくくっていました。

なぜこうも他の就活生を上目遣いするようになったのか。それは追々。

2:コミュニティで創った”口だけの自分”

僕は、2016年の冬、友人の誘いで、起業家を育成するビジネスコミュニティに入りました。

そこは、同い年いや年下の学生がバンバン起業して実績を作る世界。僕は彼らのプラスイオンに惹かれ、いつしか「起業・独立」の道を志すようになりました。

もちろん実践してなんぼの世界なので、”Just Do It!”の精神でイベント事業や教育事業に携わっていきました。

 

しかし、結果は1つも出ず。売上最高額はわずか3万程度。手取りにしたら月1万にも満たない程でした。

僕は、圧倒的な実力不足にがっかりし、行動するのが怖くなりました。

 

が、ここで変なプライドが邪魔したんですね。

僕は「頭でわかってるんだからいつかできる」と思ってしまったんです。

これはどういうことか。

頭の中では成功法則がある、つまり、頭の中で成功した自分を妄想する脳みそがこの時出来上がったんです。

 

それからは、失敗するたび「頭ではわかっているから」と自分を正当化し続けました。

そんな僕が影響されたのが「コミュニティ」でした。

 

ビジネスコミュニティは人間関係を重視する場所だったため、実力・結果にかかわらず凄腕の事業者とフラットに会話できる素晴らしい環境がありました。

そこでは、就活せず新卒で独立する方もいらっしゃり、彼らの話を聞くにつれ

 

きんぎょ

世の中にはいろいろな働き方があるのに、就職活動って本当に必要なの?

 

と思うようになりました。この時から、大して結果も出していない僕でも、大口叩けるようになりました。

 

口だけ理想主義者の完成!

 

3:就職活動への違和感

口だけ理想主義者になった僕は、そのまま3月を迎えました。就活解禁です。

 

友人もみなマイページの登録を始め、グループLINEは就活の話題で持ちきり。

この時、LINEで来た「きんぎょ、会社どこの登録した?」という友人のメッセージにはドキッとしました。

周りは圧倒的に就職派だったので、このままでいいのか・・・という焦りが正直ありました。しかし

 

きんぎょ

や、でもこれでいいんだ。俺はビジネスを学んでるから、起業する力がある。みんなと違う道を歩む力がある

 

と遠回しに他の就活生を見下している自分がいました。今思うとほんとに恥ずかしいですが笑

 

この時、頭の中では起業している状態。

一方現実では、起業の準備どころかマイページのログインすらしていないニート。

 

完全にただのイタい奴でっせw

 

4:宣告された「どうせムリ」

就活解禁から2週間後、姉とその彼氏から「飲みに行こう」と誘われました。

彼らは僕より1つ年上で、それぞれ某大手航空会社と某大手鉄鋼会社に内定した”エリート”でした。気弱な僕に対して姉は高圧的で、昔ごはん中に僕が喋りかけただけで「黙って食え」と怒るくらい”怖い姉ちゃん”でした。

が、この飲みの時はなぜかとても穏やかで、僕にたくさん花を持たせてくれました。

 

ところが、僕は忘れもしないあの一言を聞くことになったのです。

 

お酒が回って気分もよくなり、僕は姉にこう言いました。

 

きんぎょ

姉ちゃん、俺さあ、将来独立して自由な時間が欲しいねん!やから社長になって、ちゃんと部下の面倒も見ながら、会社に縛られない生き方がしたいねん!

 

これを聞いた彼氏さんは、少し考えてから僕にこう言いました。

 

彼氏さん

今きんぎょ君にどれだけの能力あるか知らんけど、それは難しい。社長って大変で、全従業員の責任を負わなあかん。会社がつぶれたら借金背負って不安定で苦しい経験せんならん。それに、社長って財務とか、他社との取引とか、会社のことを常に考えないかんのに、自由な時間なんて持てへん。大変やねんで

 

彼氏さんに続けて、穏やかな面持ちを一変させた姉はこう言いました。

 

きんぎょ姉

せやで。あんたが社長なんかになれるん?無理無理。どうせムリや。理想が高すぎるし、自由に生きようなんて甘いねん。そんな大口叩く前に足元見てできることしっかりやり

この時、僕は取り憑かれたかのように

 

きんぎょ

うん、そうやな!まずはとりあえず就活して、内定もらって会社入るわ!

 

と言いました。

その日の帰り際、姉に言われたのは

 

きんぎょ姉

がんばれ。今は興味ないところも全部見て、自分に合った良い会社見つけるんやで。いっぱい動いて、死ぬほど努力しいや。

 

の一言でした。

その時の姉の形相は、昔食卓で見た”怖い姉ちゃん”ではなく、”呆れた姉ちゃん”だったのをよく覚えています。

 

5:その後の就職活動

姉にさんざん言われた僕は、その日の夜マイページに登録し、興味のない企業の会社説明会をたくさん予約しました。

 

しかし、何も楽しくありませんでした。それどころか、何だか虚しくなってきたのです。

 

もちろん、興味のない会社を見て楽しいはずがないのですが、それ以上に「社長になる」「自由になる」という想いを否定されてしまったことが、とても辛かったんです。

僕はもう社長にはなれないのか・・・頭の中で描いた起業は幻想だったんだと、自覚しました。

 

しかし、やりたいことをして自由に生きたい!という思いだけはどうしても捨てきれなかったのです。

僕には起業する覚悟もマネジメント力も会計力もない。それでも、やりたいことは実現させたい。そんな思いがありました。

 

ささやかながら。

 

6:なんのために就活したのか

それはささやかな思いでした。

 

今すぐ就活蹴って起業しよう!とはいかず、僕には「起業して何したいか」が分からなかったんです。

起業は、社会問題解決の為の手段です。だから「自由な生活を手に入れる」だけではナンセンスでした。

しかし他に理由はありませんでした。ということは、所詮、起業しようなんて生半可な気持ちだったんです。だからあの日、鳥貴族で2人に詰められて何も言い返せなかった。どこか自信なさげで、ささやかな思いになってしまった。

 

また、僕には家庭事情もありました。

僕と姉は私立大学で下宿でした。それも、生活費と家賃はすべて両親負担。

だから、両親にかかる経済的負担は大変なものでした。計算すると、姉弟合わせて総計2500万。

 

きんぎょ

それを踏まえてなお、売り手市場の新卒カードを捨てハイリスクな起業をするのか!?両親はたまったもんじゃない。悲しむ顔を見たくない。

 

自由になりたい!という気持ちと、両親のことを想いながら行う就活。

いよいよ僕はどっちつかずになっちゃいました。

就職活動も、細々と続けた起業の勉強も、どれも中途半端。僕は一体何がしたいのか分からなくなりました。そんな状態が6月まで続きました。

 

あっという間の面接解禁です。

 

7:初めての内々定、そして出会った一本の動画

面接解禁するや否や、大手企業から内定をもらう友人がバンバン現れました。

19卒の就活はいわゆる”売り手市場”で、企業の採用数が大幅に増加したんですね。

起業、就活ともに中途半端だった僕も、その恩恵を受けることが出来ました。某大手小売店から内々定を頂いたのです。

しかし、それは僕にとってただの保険でした。3月に調べた興味ない会社の1つだったからです。そして中途半端な気持ちで「とりあえず就職」は嫌なので、7月に内定を辞退しました。

 

就職を辞退したのち、僕は新聞社を目指していました。

この時、僕はライティングや取材活動に興味があったので、大手新聞社の夏採用を受けることにしました。本当は「どこでもいいから就職はしてほしい」という両親の為、でしたが。

この時、僕は起業の道を半ば諦めていました。

「どうせ自分なんて・・・」を理由にして、自分の気持ちに嘘をついていました

 

そんなある日、僕は、Youtubeで一本の動画を見つけました。

それは『思うは招く』という動画でした。

 

(20分ありますが、ぜひ見てみて下さい)

 

『”どうせムリ”ではなく、”だったらこうしてみたら?”で夢は叶う』

この言葉に、涙が止まりませんでした。

どうせムリと言われてから、ずっとフタしてきた「自由な生活を手に入れたい」という想い。

「だったらこうしてみたら?」は心のフタを開ける魔法の言葉でした。

 

それに

『僕に”どうせムリ”と言った人たちは、やったことがない人たち』

『やったことない人が勝手な理由をつけて「できない」と言ってるだけ』

なんです。

僕の姉や彼氏さんは、優秀な社会人だけど、社長ではない。自由な生活だってしたことない。

それなのに、やったことないのに「難しい」「どうせムリ」「甘い」って言えるのはおかしい。

それが正しいと思い込み「どうせムリ」と考えるのはとても勿体ないし、簡単に人間の可能性を奪うので恐ろしいです。

 

逆に「だったらこうしてみたら?」を言う人は、やったことがある人たち。

僕が所属したビジネスコミュニティで「起業したい」と言えば「じゃあすれば?」と言われます。

そこで「起業は難しい!」「お前にはムリだ!」「実力無いのに甘い!」なんて言われるの変ですよね。そのためのコミュニティーなのに。

僕は起業に対して中途半端でしたが、考えてないなら考えてないなりに、話す相手を選ぶ必要があったということです。

 

僕は早速、様々な外部イベントに行き、起業家の方の話を聞きました。

 

8:僕がブログを始めた理由

ですが、色々話を聞くうち、自分には「独立のほうが向いている」と思いました。

起業と独立は一般的には同義ですが・・・

 

『起業』・・・設備投資をして、部下を構える
『独立』・・・設備投資をかけずに、1人で事業をする

 

と僕なりに定義しました。

部下に対してではなく、まずは自分に対して責任を持つ。

それができないと、他人の責任をもつことはできない。

だから、僕は『独立』の道を選ぶことにしました。

 

また、僕の夢は「自由な生活を手に入れる」ことです。

 

では、「自由な生活」とは何か?

僕にとって自由な生活とは、「”いつでもどこでも”仕事ができる生活」です。

 

1人暮らしで、毎日目覚めの悪い朝を迎える。毎日満員電車や上司の愚痴に耐えるのが「成長」と思い、身も心もすさんでいく生活。平日は仕事詰めで家族と触れ合えず、家に帰ると作り置きの晩御飯。土日は疲れてずっと寝ている生活。

 

そんな不自由な生活を、僕は40年間もしたくないです。

 

文章を書いたり、「お、この人すごいな!」という人に会いに行き、話してそれを記事にする。休日を自分で決めて、健康に生活し、家族と元気に旅行へ行く。

 

このシンプルさが僕の目指す、自由な生活。実現は想像以上に大変だと思います。

ですが、人生は一度きり。

 

会社勤めに多少の偏見をもってでも、僕はそれを実現したい。

 

9:就活、結局どうなったの?

結局、僕は新聞社の夏採用が全落ちしました。現在、地方情報誌1社の結果待ちですが、正直行く気がありません。

 

僕が1番したいのは、ブログを書くこと。得意で好きな物書きの仕事が、一番できる自信があります。

なので現在、アルバイトをしながら、新卒フリーランスとして独立するつもりです。両親も説得しています。

もし得たいスキルがあるならば、既卒カードを使って就職するかもしれません。

いずれにせよ、5年以内の独立は視野に入れて頑張ります。

 

もうこれ以上、自分の心にフタをしたくない。

10:今、就活が苦しい人へ。

なぜ、苦しいのでしょうか?

単に自分に甘いだけなら、頑張ってください。

 

でも、もしそれが「自分なんてどうせムリ」のせいなら。

だったらこうしてみたら?と言ってみて下さい。

 

僕は、自由な生活を手に入れるために仕事を頑張ります。

そして、僕みたいに「難しい」「どうせムリ」「甘い」と言われ、自分の気持ちにフタをしている人たちの力になれるよう、今日もブログを書き続けます。

就職以外の選択肢があるんだよと、結果を出して伝えたいです。

 

今のままでは、僕はまだまだビッグマウスです。

だから、これからもたくさん行動していきます(^-^)